懐中時計のすすめ

懐中時計

ふだん身につけている時計というとほとんどの人は腕時計を挙げる。ファッション雑誌の特集でも腕時計がクローズアップされ、一流ブランドの腕時計が女性にもてるためのアイテムとして紹介されているし、高級な腕時計を身につけていることがひとつのステータスのような記事構成をよく見かける。身につけている時計で人格を判断されるようなことが書かれた記事さえ見かけることもある。時計ごときでそういう判断を下す人とはお近づきにはなりたくないものだが、腕時計が身につけている人を語るような風潮があるのは否定できない。時計メーカーのマーケティングの勝利だと思う。

確かに腕時計は時間を確認するという点において優れたアイテムであり、防水機能がついていたり丈夫であったり、利便性や耐久性に優れている。

だが、あえて懐中時計をおすすめしたい。

私が懐中時計を持つようになったきっかけは、腕時計をしていると腕が痛くなってしまうようになったことだ。腕のサイズが変わったのかは正確に計っていないのでわからないし、長年腕時計をしていることで腕が徐々に痛んでしまったのかはわからない。そのときしていた腕時計がつけていられないぐらい痛くなってしまった。また、キーボードで入力するときに邪魔だと思うことはたびたびあった。腕に対する負担軽減のためとキーボードでの入力時の不快感をなくすために、腕につけなくてもいい時計が欲しくなって懐中時計を購入した。

携帯電話の時計機能で済ませるという選択肢もあったが、アイテムとして時計は持っておきたかった。携帯電話しかなければ忘れたときに時間を確認できなくなってしまう。時計があれば、少なくともどちらかで時間を確認することができる。電話はできなくてもいいが時間は大切だ。時間を大切に扱うためにも、時間を確認する専用のツールが欲しかったのだ。

懐中時計は腕時計に比べれば、時間を確認するという点では少々面倒だ。腕時計は腕を上げれば時間を確認できた。だが懐中時計はポケットから時計を取り上げる必要がある。腕時計ほど簡単には時間を確認できない。

しかし、それがいい。

腕時計をつけているときは腕を上げれば時間を確認できたため、1回の確認に重きを置いていなかったことに気づいた。簡単に時間を確認できるが故に確認したいその一瞬だけ時間がわかっても、腕を下ろした次の瞬間、頭に確認した時間はなかった。時間を確認するという動作をいかに軽んじていたのかがわかった。時間を軽く扱っていたということだった。

懐中時計にすると1回の時間確認に多少の面倒な動作が伴うので、確認できた時間を大切にするようになった。その結果、時間を何度も確認するようなことがなくなった。腕時計をしている人で、腕時計を見るのがクセになっている人も多いと思う。私もそうだったが、実は無駄な動きだったのだ。1回の時間確認を大切にするということは、何度も時間を確認しない、つまり時間を大切にするということにつながるのではないだろうか。1回だけでいいのに何度も同じ動作を行うのは時間の無駄である。

もうひとつのメリットは、懐中時計は持っている人が少ない。みんなが持っていないことがメリットとなる。つまり珍しいが故に話題に上りやすいのだ。腕時計の場合、どんなに一流の高級腕時計であろうと所詮は腕時計だ。まず会話に上らないし、会話になったところで「すごい腕時計ですね」で終わりだ。だが、懐中時計だと「懐中時計なんておしゃれですね。どうして懐中時計なんですか?」から始まって、いろいろと話題が広がるし、腕時計だったら話しかけてこなかった人とも懐中時計という珍しいものをつけていることで会話をするきっかけとなる。

懐中時計は時間を大切にするための道具だけでなく、会話のきっかけをつかんでくれる頼もしい相棒となり得るのだ。

私はシンプルなものが好きなので、懐中時計を選ぶ際はふたなしで文字盤に見やすいアラビア数字が並んでいることを条件に探した。セイコーの2万5千円ほどの懐中時計が気に入ったので購入した。

いまは私の大切な相棒だ。