手帳よりもメモ帳を使う

手帳を活用している人は多い。だが、誰にでも向き不向きがある。手帳をもてあましている人はメモ帳を使うといい。日付がついていないので、毎日何かを書かなくてはという脅迫におびえることはなくなる。

ここ何年かはほぼ日手帳を使っていた。ほぼ日手帳とはほぼ日刊イトイ新聞から発売されている手帳だ。毎年ユーザーの声を反映して毎年違ったアプローチで発売される手帳は、手帳自体が魅力的なコンテンツといえる。すばらしい手帳でばりばり予定をこなす人は、効率的に予定を管理できる。

だが、あいにく私はばりばりしたい人ではない。昔から手帳とは相性が合わなかったが、それはほぼ日手帳にしても同じであったことを最近気づくことができた。だって、毎日何か書かないといけないんだよ。何を書けと。

そんな理由から今年で手帳は最後にしようと考えている。これだけのことに気づくのに何年かかったことやら。手帳を買うと毎日書き込むだけの予定ができたり、日誌なども毎日書き込むようになって、充実した手帳ライフを送れるかのような錯覚に陥る。手帳をばりばり使いこなす自分を妄想してしまうわけだ。そろそろ現実を見ようということである。毎日、何を書くの? 書くことに意味はあるの? 使っていて便利? いや、便利に使っている人が存在することは認める。私には無理だった。

結局、毎日書くことがない人は簡単なメモを残せればいいのだ。1年365日、日付がふられた欄は必要がない。日付があるから毎日何かを書かなくてはいけないという脅迫におびえることになるのだ。であれば、日付がついていないメモ帳を使うといい。

予定があるときには予定を書き、アイデアを思いついたときにはアイデアを書けばいい。日誌を書きたければ日誌を書けばいいし、お絵かきしたいときにはお絵かきすればいい。それもいつしても誰も文句は言わない。日付がついていないので年またぎも大丈夫だ。ひとつのメモ帳で何年も使える。いいじゃないか。毎年買い換えなくていいんだよ。

社会人なら予定をきちんと管理しなければならない、手帳できっちりと管理しなければならない、そういう風潮がある。だが、どれだけの人が毎日手帳を埋めるほどの特別な予定を持っているのだろうか。1日に何度も手帳を確認しなくてはいけない人はどれだけいるだろうか。必要がないなら必要がないと認めればいい。だって、たまにならGoogleカレンダーに設定してリマインダーメールが来るようにしておくほうが便利じゃん。

手帳に毎日予定を書く人のほうが手帳を使わない人よりも充実した人生を送っているだろうか。いや、必ずしもそうとは限らない。だから、手帳を持てば充実した人生を送ることができるという妄想はやめよう。手帳メーカーのマーケティングに踊らされてはいけない。手帳がない方が充実した人生を送れる人もいるのだ。

手帳をもてあましている人は是非お気に入りのメモ帳を作ってみよう。いい感じでフィットするかもしれないよ。