テレビの視聴をやめてみると人生が充実する

ふだん何気なく見ているテレビだが、テレビを見ることで得られるものは何だろうか。テレビを見るのをやめると、もっと充実した時間を過ごすことができる。


家に帰ったらテレビのリモコンを手にとって電源ボタンを押す。冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを出してきてソファーに座ってプルタブをひねるとまずは一口喉を潤す。「ふーっ」と一息つくとチャンネルをうるさく回し始める。よくある光景である。たまにはこういうのもいいだろうと思う。でも、毎日がこれではよくないのではとも思う。

テレビというものは麻薬のようなものだ。依存性が高くてなかなかやめることができない。見続けることによって思考を操作され精神的に骨抜きにされてしまう。「いまは韓流がはやりか。キムチでも食べるか。そうだ、少女時代のCDでも買ってくるか」と何の疑問も持たずに考えるようになってしまってはいないだろうか。テレビ局が作り出す流行に何となく乗って、また次の流行が来たらまた何となく乗ってを繰り返す。そうして年を重ねていって、仕舞いにはテレビがなくてはいけない状態になる。趣味を作ることをせずにテレビを見て過ごすだけの生活を送るようになる。テレビが放送することは正しいことだから、テレビを見ていれば大丈夫と思うようになる。

すべての人がそうなるとは限らないが、このような状態に近い人は多いと思う。もちろん、テレビばかり見ていないで趣味を作って取り組んだほうがいいこともわかっている。家族との会話を増やしたほうがいいこともわかっている。もっと読書をした方がいいこともわかっている。だが、ついついテレビのリモコンを手に取ると、テレビをつけて見入ってしまう。言ったはずだ、テレビは麻薬のようなものだと。

テレビを見ることを否定するつもりはない。情報として有益な番組もあるし、笑ったり涙を流したり感動する番組もある。スポーツ観戦を楽しんだり、好きな有名人が出演する番組を楽しんだっていい。ここで言いたいことは、何の意識もなくテレビを見ている状態に陥っているのであれば、テレビの視聴は見直したほうがいいということである。

そう、わかっているはずだ。ボーッとテレビを見ることよりも、他に時間を使うべき大切なことがあるということを。いま、大切なことに時間を使う選択をするのは自分次第なのだ。中毒に陥っているのであれば、まずは距離を取ってみることである。

テレビと距離を置くきっかけが実はつい最近あった。アナログ放送の停波である。地上デジタル放送の対応機器を買わないということで、強制的にテレビと離れることができたのだ。だが地上デジタル放送対応機器を購入してしまったり、アンテナ線がケーブルテレビ経由のためにデジアナ変換でアナログ放送の機器でテレビを見ることができてしまう場合には、テレビから距離を置くための対策が必要になってくる。まずはリモコンの電池を抜いてみることからはじめてはどうだろうか。あるいは、リモコンを金庫にしまってしまうというのも手だ。そもそもテレビの電源を抜くのもいい。節電にだってなる。リモコンを見えないところにしまったり、テレビの電源を抜く場合には、緊急時に本体の電源スイッチを押すだけで情報が見られるようにNHKにした状態で電源を落とすなどの工夫をしておくといいと思う。

まずはテレビを1週間見ないようにしてみよう。テレビを見なかったことで生活で困ったことはあっただろうか。何もないはずだ。それと同時に、何をしていいかわからなくて途方に暮れていることだと思う。そんなときに、少年少女時代や学生時代にやりたかったことや夢だったことを思い出してみるといいと思う。ギターを弾きたい、ピアノを弾きたい、工作をしたい、アクセサリーを作りたい、小説を書きたい、何でもいいと思う。学生時代、時間はたくさんあったがやりたいことを実現するためのお金を用意できなかった。大人になって時間はなくなったがお金の都合はつけられるようになった。そして、時間はいま作った。テレビにどっぷりとつかってしまう時間をなくすことで。

そう、いまが夢を実現するときである。